戸隠地質化石博物館の日記

博物館周辺での日々のできごとを、地質、植物、動物などの各担当者が書いていく日記です。

苦労したんだあなぁ…

昨日、用事があったので長野市街地へ下りました…

 

長野市へは国道406号線を使う場合が多いです。

 

橋やトンネルが整備されて、広くなり、信号がないこともあって早いです。

 

冬を迎えたので落葉し、見晴らしがよくなり、

 

茂菅地区からは、県道長野-戸隠線がよく見えるようになりました…

 

 

ガードレールが白く見えるところがそれ!

 

下には花火工場が見えます…

 

裾花川が侵食した急な崖に県道が走っています…

 

こうやって見ると、なかなか怖い場所!

 

よく、こんな急な崖に自動車道を開削したものだ、と思いました。

 

地質学的には裾花凝灰岩類がつくる崖で、その後の隆起で崖に…

(海底に堆積した白い火山灰や溶岩が堆積したもの)

 

そこで調べて見ると、

 

道長野-戸隠線は、大正2年(1913)に戸隠中社から着工し、

 

飯縄山山麓、豊岡地区中村までは大正6年に完成!

 

そして、大正7年(1918)に、長野市茂菅地区から着工、

 

昭和7年(1932)に中村に接続したとの記録がありました…

 

芋井地区の急な斜面や地滑り地を切り開くのに、

14年もの年月がかかっています。

 

当時は、重機などもなく、ほとんどが人力による工事で、

難事業だったようです。

 

大変な事業ですね。

 

この後、バスの運行が始まり、戸隠が観光地になっていきます。

 

当時のバスの画像を見つけました…

 

 

これは鬼無里線を走るボンネットバスですが、こんな感じだったと思われます。

 

ようやくバス一台が通れるような急な崖沿いの道…

 

上腕骨を骨折した時に、バスで通院したこともありましたが、

 

眺めがよい分、スリリングなバス旅行でした…

 

🐶「昔の人々の苦労がしのばれるのう…」

 

 

てなことを、思いながら柴犬館長はお昼寝をしていたかと思います。

 

今日は、夢落ちで、どーもすみません…